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登録有形文化財(建造物)
奥津発電所
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奥津発電所の歴史

■ 概 要

奥津発電所本館 奥津発電所本館
[建造物概要]
発電所本館(はつでんしょほんかん)
建設年代 昭和7(1932)年
構造 鉄筋コンクリート造平屋一部2階建,
建築面積462m²,放水路付 1棟
所有者 中国電力株式会社
奥津発電所調整池 奥津発電所調整池
調整池(ちょうせいち)
建設年代 昭和8(1933)年
構造 鉄筋コンクリート造 1所
面積 9,499m²
貯水量 51,759m³
所有者 中国電力株式会社
水路式発電所 【水路式発電所】
河川の上流に取水堰をつくって水を取り入れ,この水を緩い勾配の水路により下流まで導き,河川との間に落差を得て発電する方式です。
[発電所概要] 平成23年3月31日現在
水系河川 吉井川水系 吉井川
発電開始年月 昭和7(1932)年2月
発電所形式 水路式
最大出力 7,400kW
最大使用水量 8.69m³/s
最大有効落差 115.14m

■ 沿革と歴史

 昭和初期,吉井川水系の上流部で,増大する岡山県内の電力需要に対応するため,平作原発電所上斉原発電所,奥津発電所が相次いで建設されました。
昭和7(1932)年に運転を開始した奥津発電所は,吉井川本流から取り入れた水とともに,上斉原発電所で使われた水を発電に利用。他の発電所とともに中国山地の水資源を有効に活用しています。翌8(1933)年には,電力の負荷変動に応じて出力を調整できるよう水路の途中に調整池が建設されました。昭和30年代後半,出力の大きな火力発電所が建設される中,一時は調整池を取り壊す話もありましたが,最大出力を維持するために撤去されず,現在に至っています。
発電所本館,調整池など13施設※は,わが国の水力発電の歴史を知る上で貴重な建造物であり,国土の歴史的景観に寄与しているなどとして,平成18(2006)年10月および11月,国の登録有形文化財に登録されました。

地図

[建設当時から現在までの変遷]

奥津発電所年表
昭和7年2月
(1932)
中国合同電気が奥津発電所(出力3,300kW)の運転を開始。
昭和9年2月
(1934)
中国合同電気は,出力を1,800kW増加し,合計5,100kWとする。
昭和12年3月
(1937)
中国合同電気は,出力を1,700kW増加し,合計6,800kWとする。
昭和16年5月
(1941)
中国合同電気と山陽中央水電の合併により山陽配電が発足。奥津発電所を山陽配電へ移管。
昭和17年4月
(1942)
日本発送電への第2次統合により,山陽配電は奥津発電所を日本発送電へ移管。
昭和26年5月
(1951)
中国配電と日本発送電の合併により中国電力が発足。奥津発電所を中国電力へ移管。
昭和30年11月
(1955)
中国電力は,出力を600kW増加し,合計7,400kWとする。
平成18年10月,11月
(2006)
国土の歴史的景観に寄与しているもの,再現することが容易でないものとして,国の登録有形文化財に登録。

■ 現  在

 発電所には社員は常駐せず,津山制御所で遠隔操作しており,月2回,巡視のため発電所に出向いています。
調整池では,毎月,コンクリートの目視点検等を行い健全性を確認しています。また,10年に1回,コンクリートの健全性調査を実施しています。

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