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第10回インタビュー(内冨選手vol.2)
2007年2月 7日

今回は,2月4日の別府大分毎日マラソンでラストランを終えられた内冨恭則(うちとみ やすのり)選手にお話をうかがいました。

Q.gif??ラストランはいかがでしたか? 山口駅伝,そして別府大分毎日マラソンを走られた感想,今の心境など聞かせてください。

(マラソンは)疲れました(笑)。

ラストランで別大マラソンを走る内冨選手
駅伝は自分の範疇というか,得意分野で,ある程度自信もあり,それなりに走れたと思います。唯一の誤算は,ラスト勝負で自分が勝てなくなっていたことでしょうか。これまでラスト勝負で負けたことはなかったのですが・・。

一方,マラソンは未知の世界でした。走り終えて,「マラソンは甘くないな」というのが実感です。あんなにキツいとは思いませんでした。

15キロまで第2集団について行ったのですが,このまま行くとゴールまでもたないと思い,わざとペースを落としました。それでもキツかった。あまりにキツくて,本当に途中で止めようかと思いました。30キロ以降は,31キロ,32キロと,1キロずつ考えながら走り,やっとゴールしました。尾方,五十嵐,油谷選手ら,みんな,こんなこと(マラソン)をして偉いと思いました。

これまで,チームメイトがマラソンを走るのを見てきて,「これだけの練習をすればこれだけ走れる」というイメージは持っていたのですが,現実は違いました。マラソンの練習はもっと突き詰めてやらないといけないなと思いました。私も,五十嵐選手にメニューを組み立ててもらい練習を積んではいましたが,マラソン練習として本来すべきことの2/3程度しかできていなかったと思います。同じ長距離と言っても,1,500mや3,000m障害とはまた違うと思いました。やはり,きちんとプロセスを踏まないとマラソンはできない。マラソンは本当に積み重ねだと実感しました。

Q.gif??これまでの選手生活の中で,陸上をやっていてよかったと思うことや,最も思い出に残っている大会について聞かせてください。

ラストランを終えた内冨選手
陸上を真剣にやるようになったのは大学の時からですが,これまでずっと陸上をやってきて,その生活が当たり前になっていました。会社に入ってからは,オリンピックや世界選手権など,世界に出ることが目標でした。その目標を持ち続けたことが,私が長く続けてこられたモチベーションでもあったのですが,結局世界に出るための標準記録を突破することができませんでした。ですから,嬉しかったレースとか,そんな感覚はありませんでした。

最も思い出に残っている大会は,トラックでは,3,000m障害で自己ベストを出した1997年10月29日の大阪国体です。10月29日は私の誕生日。そして,この時の8分26秒48という記録は,その年の世界ランキング26位でした。「これで世界に近づけた」と思えた瞬間でした。

??金メダルをとられたバンコクアジア大会よりも大阪国体の方が思い出に残っているのですか?

アジア大会では,第1回大会からずっと,3,000m障害では日本が優勝していました。ところが,1994年の広島大会の時に,初めて日本が負けました。それで,1998年のバンコク大会では,絶対に日本が勝たなくてはいけない,負けられない,と言われていました。金メダルはとりましたが,あの時は,嬉しさよりはプレッシャーの方が大きかったのです。

Q.gif??内冨選手にとって,「走ることの魅力」とは何ですか?

練習中の内冨選手
走ることによって自分をアピールできることが大きな魅力と思います。そして,会社の仕事でも何でもそうだと思うのですが,「プロセスがきちんと結果に結びつく」ということが,走ることの楽しさでもありました。結果がよくない時には,また修正してやり直す。それが楽しいと思えたからこそずっとやってこれたのだと思います。

??どうしてよいかわからなくなる時はないのですか?

わからなくなる時だらけですよ(笑)。それでも,なんとか信じてやってみたり,半年は続けてみようと頑張ったり,ある時は方向転換をしたり。監督や他の人のアドバイスを受けながら試行錯誤でやってきました。


Q.gif??内冨選手は,キャプテンとしてもチームを支えてこられました。キャプテンの立場で経験したこと,感じたこと,チームのメンバーに今後も続けてほしいことや,やってほしいことなどあれば聞かせてください。

練習中の内冨キャプテン,チームメンバー

私は,小・中・高・大学とスポーツをしてきました。小・中はサッカー,高校以降は陸上ですが,この間,キャプテンをしたことはありませんでした。それで,初めてキャプテンをやれと言われた時,正直何をやっていいのかよくわかりませんでした。極端に言えば,キャプテンの仕事としてイメージできたのは,朝集合して,朝練の号令をかけることくらい。選手同士の会話は,「お前はここがダメだったじゃないか」というストレートな表現になりがちで,きっと,そんな私の言葉にカチンときて反発した選手も多かったと思います。

そんな私に転機が訪れたのは,五十嵐選手のラストラン後のインタビューでも触れられていた, 1999年のニューイヤー駅伝の前,メンバーの気持ちが一つになっていなくて,寮の集会室に選手だけが集まり,チームをよくするために自分たちはどうしたらいいのか,みんなで真剣に話し合った時でした。会社でも上司が部下に何か言う時はそうだと思うのですが,あの話し合い以降,私は,「今のこの人にはこういう風にアドバイスした方がいい」とかいうことを考えるようになりました。

練習後ダウンを行う内冨キャプテン,選手と
それまでは,ある程度,大枠があって,そこをはみ出せば勿論きちんと言うけれど,大枠内にいて,向かっている方向が同じであれば,何も言わずにいました。でも本当は,もっと強くなるためには,その大枠よりさらに狭い枠というのがあるのです。例えば,節制すべきところや,気持ちの持ち方とか。でも,そんなところまではアドバイスできずにいました。

選手も,大枠を外れた時に突然言われても,わからないのです。キャプテンとして,日ごろから,練習の中で選手を見ていて,今日はこういう走りだったけれどそれでは本番に結びつかないとか,そんなアドバイスもできるようになりました。

今回,私と五十嵐副キャプテンの両名が引退すると,チームの雰囲気がガラリと変わると思いますが,残ったメンバーでまたチーム作りをしていけばよいと思います。

私は駅伝中心で広島にいることが多く,キャプテンにちょうど向いていたと思います。他の選手と一緒に走りながら,「こういう練習をすれば,このような結果がでる」と,自ら後輩に示してきました。今後も,他の選手とずっと一緒に走りながら,あるべき姿を示せる人が出てきてほしいと思います。尾崎選手や新井選手などにそういう存在になってほしいと期待しています。

Q.gif??これまで応援してくださったみなさんに一言お願いします。

山口駅伝でも,別大マラソンでも,沿道からたくさん声をかけてもらいました。ラストランを走りながら,いろんな人に支えられていたんだと,みんな見てくれていたんだと実感しました。これまで応援していただいて本当に嬉しかったです。どうもありがとうございました。

ラストラン後の内冨選手(応援に駆けつけた五十嵐選手,尾方選手,ペースメーカーをつとめた尾崎選手と)




皆さまからのコメント

内冨選手、ラストランお疲れさまでした!
これからは選手としてではなく、「走る」という「突き詰めた枠」の外側から、大きな枠となってすべてを見詰めてゆかれることになるのだと思います。走ることを極められた上での人生がこれから再び、内冨選手の周りが動き出していくのですね。ご自身が推進力となり、身ひとつで長距離コースを設計し、これから遭遇するであろう様々な出来事とどう向き合っていくのか…そういう人生のエンドレスのマラソンを続けることで、これからも我々市民ランナーにたすきをつないでいって下さい。
コメントのお言葉に、走ることから会得された人生を貫く深くもあり、そしてとてもユニークな洞察に感銘を受けました。これからは、走る人それぞれの中から生まれる魂に光を宿すような、アドバイスや指導などの小さな取り組みもしていただけたら、と思います。僭越ながら…コメントを送らせていただきました。

投稿者 たま : 2007年2月 8日 00:58

内冨さん初マラソンお疲れ様でした!
これがラストランということですが、今後市民ランナーとしてマラソンにチャレンジするということはないんでしょうか?
マラソンはいいですよ!ぜひ今度NAHAマラソンあたりいかがですか?

投稿者 がじゃっち : 2007年2月 8日 15:27

内富さん、遅くなりましたが、マラソン、キャプテン、実業団選手と色々含めてお疲れ様でした。私の3000mS.C.年齢別記録をすべてきれいに塗り替えてくれての引退ですね。うれしいやらさみしいやら・・・。でもマラソンの記録は負けないですみました(笑い)。競技を離れ新しい生活に慣れるまでに少し時間がかかるかもしれませんが、ハードルを飛び越えてきたように、一歩一歩クリアして更に前進されていくことをお祈りしています。くれぐれも人生の水郷にはまらないようにご注意を!本当にお疲れ様でした!!

投稿者 Anyoですよ : 2007年2月 8日 22:09

内富さん、はじめまして。
僕は、兵庫県加古川市で陸上競技専門店を営んでいるウィンドアップの白井と申します。名前ぐらい聞いたことがあるなぁなら嬉しいです。さてさて、お店の宣伝みたいなところから入ってしまいましたが、何をかくそう僕は内富さんと同学年で、3000m障害(9分20秒0が高校での僕のベストタイム)が専門、関東ではない地方大学(名古屋何とか大学)、など共通項が多く常に一目おく存在が内富選手でした。
5~6年前辺りから、同じ学年の選手が引退したと聞くたびに、もう俺達もそんな歳かと感じていましたが、とうとう内富選手もかと思うとさびしい限りです。
長い間の競技生活ご苦労様でした。今度は、どこかのチームの監督として(僕的には地方大学の監督がいいなぁ。関東の大学に全日本で勝ってほしい)もどってきてくれたら嬉しいです。

投稿者 ウィンドアップ白井 : 2007年2月 9日 20:43


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