HISTORY

1951

2021

地域とともに歩んだ70年

1950
1951(昭和26)年

中国電力の設立

中国電力は1951(昭和26年)5月1日に旧中国配電と旧日本発送電の対等合併によって設立されました。

発足当時の本店

発足当時の本店(広島市)

1951(昭和26)年
1970(昭和45)年

高度経済成長を支える電気

発足直後の当社は、夏の異常渇水による深刻な電力不足に苦しめられました。当社は、水力を中心とした電源開発に取り組み、1953(昭和28)年の電力使用制限を最後に、電力不足は解消しました。
1955(昭和30)年頃から、日本は高度経済成長の時代を迎え、中国地方においても瀬戸内海沿岸の鉄鋼・重化学工業などの素材産業を中心に、発展を遂げ、家庭生活でも家電製品の普及が進み、電気の需要は増加の一途をたどります。当社は、当時経済性に優れていた石油を燃料とする大型火力発電所の開発を進め、当社の電源構成の主力は、水力発電から火力発電へと移行していきました。

1954

●中電病院の開設

現在、総合病院として地域医療に貢献する中電病院の前身は中国配電の企業病院「中配病院」で、1949(昭和24)年6月に開設されました。1954(昭和29)年6月に「中電病院」に変更しました。

開設当初の中配病院(中電病院の前身)

1960
1966

●全国初の引き下げとなった昭和41年料金改定

1966(昭和41)年10月15日、全国初の料金引き下げを実施しました。

1961(昭和36)年に営業運転を開始した水島発電所1号機

水島発電所1号機

当時の当社マスコット
「中電坊や」

中電坊や
1970
1971(昭和46)年
1980(昭和55)年

オイルショックと公害問題への対応

1973(昭和48)年の第1次オイルショックでは、石油の需給が逼迫し、電力不足が深刻化。国により電力使用制限令が発令され、当社も大口のお客さまを中心に協力をお願いしました。また、その後の第2次オイルショックによりこの間、三度の料金引き上げを余儀なくされました。これを教訓に、供給安定性の確保、コストの低減と安定化を図るため、脱石油・電源の多様化を進めることになったのです。

1974

●電源開発とともに環境対策を推進

こうした中で、1974(昭和49)年3月、国産第1号であり、当社初の原子力発電所となる島根原子力発電所1号機が運転を開始。火力発電所についても、石油から石炭への燃料転換が進められ、新宇部発電所・水島発電所の燃料転換、新小野田発電所の新設を決定しました。
その一方で、火力発電所においては、硫黄酸化物や窒素酸化物などの大気汚染物質の除去など、環境対策に積極的に取り組みました。1974(昭和49)年には水島発電所2号機に石油火力国内初の排煙脱硫装置を設置。また、1979(昭和54)年には石油火力で世界初となる排煙脱硝装置を下松発電所に設置、1980(昭和55)年には石炭火力で世界初となる排煙脱硝装置を下関発電所に設置するなど、大気・環境対策でリードしてきました。

下松発電所2号機の排煙脱硝装置

下松発電所2号機の排煙脱硝装置

島根原子力発電所2号機

1974(昭和49)年営業運転開始の島根発電所1号機に続き、1989(平成元)年に島根原子力発電所2号機が営業運転を開始(写真手前が2号機)

1976

●初の500kV送電線が運転開始

1976(昭和51)年8月6日、岡山県の総社市で、500kV送電線工事のトップを切る新岡山幹線建設の起工式が行われました。着工は起工式に先立つ1976(昭和51)年7月、竣工と220kV運転開始は1978(昭和53)年6月、そして500kV運転を開始したのは1980(昭和55)年3月のことでした。

500kV送電線

500kV送電線

中国東幹線送電線工事

中国東幹線送電線工事

1980
1981(昭和56)年
1990(平成2)年

経営の効率化と新たな企業理念の制定

二度のオイルショック後、日本経済は「量の経済」から「質の経済」へと変化し、経済活動の中心がモノの生産からサービスへと移行していきました。需要の伸び悩みが顕著になる中、当社はこの構造変化に対応して、経営体質の改善、経営の効率化、サービスの向上を進めていきます。

1985

●社員全員参加による「オールS運動」

さらに1985(昭和60)年4月、「われらみな営業マン」をキャッチフレーズに、社員全員参加による「オールS運動」を展開。ヒートポンプエアコンなど高効率機器の推奨、電気温水器の普及促進、前年度から発足したホームコンサルタント制度の拡大・充実を図るなど、お客さまサービスの向上や需要対策活動の積極的な推進に取り組みました。

500kV送電線
ハッピーエンジェル

1987(昭和62)年、「ハッピーエンジェル」がマスコットに

本店社屋

1987(昭和62)年3月に完成した本店社屋

1987

●初のLNG火力、柳井発電所営業運転開始

当社初のLNG火力、柳井発電所の建設は、1987(昭和62)年3月の1号系列本工事着工、同年11月に1-1号系列35万kWが営業運転を開始しました。引き続き1-2号系列35万kWの工事を進め、1992(平成4)年12月に運転を開始(総出力70万kW)。続いて2号系列70万kWの建設工事を進めました。

柳井発電所

当社初のLNG火力、柳井発電所

1990
1991(平成3)年~

電力自由化時代の到来と地球温暖化問題への対応

規制緩和の流れなどを背景に、1995(平成7)年から発電事業へ競争原理が導入され、2000(平成12)年には小売分野における部分自由化が実施されることとなりました。2005(平成17)年には当社の販売電力量のうち約6割を占める特別高圧・高圧のお客さま全てが電力自由化の対象となり、本格的な競争時代を迎えます。このような経営環境の変化に対し、当社は料金・サービス面での競争力強化に努めるとともに、引き続き安定供給のための設備の充実にも取り組んできました。
将来の電力需要増加に対応するとともに、より信頼度の高い設備形成とするため、山陽側に1ルートのみであった50万Vの基幹送電線を山陰側にも設ける2ルート化工事は、着工から約6年を経て、2001(平成13)年に完成しました。

50万ボルト送電線

50万ボルト送電線

1991

●新たな企業理念とシンボルマーク制定

創立40周年となる1991(平成3)年1月には社員の意識改革と社内の活性化、地域の皆さまに信頼され親しまれる企業イメージの構築を目指し、新たな企業理念とシンボルマークを制定(CI宣言)。
企業理念のキーコンセプトである「EnerGia~エネルギア~」は、英語の「エネルギー」の語源であり、「エネルギーがもたらすあたらしく、あかるく、あたたかい活力ある社会」の実現に向けて努力していく姿勢を表現しています。

新たに制定した
シンボルマーク

シンボルマーク

●台風19号による災害対応

1991(平成3)年9月、台風19号により中国地方は大きな被害を受け、当社においても強風による鉄塔・電柱の倒壊のため、当社サービス区域の約4割に当たる155万戸が停電。暴風で吹き上げられた海水による塩害が原因で停電を引き起こしたことから、塩害に強い設備の導入を進めました。
当社では、過去の自然災害を教訓に、災害に強い設備形成を進めるとともに、防災体制の整備や訓練を実施するなど、被害を最小限に抑えるよう努力を続けてきました。

電柱倒壊、復旧作業

台風19号による電柱倒壊、復旧作業

電線地中化工事後の街並み

電線地中化工事後の街並み(倉敷美観地区)

●シンボルスポーツ部によるスポーツ振興活動

当社のシンボルスポーツ部は、陸上競技、女子卓球、ラグビーの3種目。各部では、地域のトップアスリートとして活動するとともに、地域でのスポーツ教室などを開催し、地域スポーツのレベルアップを図るなど、地域のスポーツ振興活動に取り組んでいます。

シンボルスポーツ部
1997

●ベストミックスの実現へ
島根原子力発電所3号機増設へ向けて

ベストミックス実現に向けて、1997(平成9)年3月に、島根県および鹿島町に島根原子力発電所3号機の増設申し入れを行いました。2000(平成12)年10月、原子炉設置変更許可申請書を提出。その後、2005(平成17)年12月に建設に着工し、翌年10月から本工事を開始。島根3号機では、当社初の改良沸騰水型(ABWR)を採用し、その出力は1、2号機の合計を上回る137.3万kWです。

島根原子力発電所3号機

島根原子力発電所3号機(右)完成予想図

大崎火力発電所

2000(平成12)年11月に営業運転開始した大崎火力発電所

2000
2001(平成13)年~

クリエートチェンジ21
お客さまに信頼され選択されるために

●新キャラクターの誕生

創立50周年を迎えた2001(平成13)年5月からは、「ハッピーエンジェル」に代わり、「エネルギーの母なる地球との共生」をテーマにした新たなキャラクター「エネルギアの国の仲間たち」が誕生しました。

エネルギアの国の仲間たち

エネルギアの国の仲間たち

2010
2011

●福山太陽光発電所(出力3,000kW)が運転開始

当社初のメガソーラー発電所である福山太陽光発電所は、地球温暖化などの環境問題への取り組みの一環として、びんごエコタウンモデル地区(広島県福山市箕沖町)に建設した当社初のメガソーラー発電所。2011(平成23)年12月に営業運転開始しました。

福山太陽光発電所

福山太陽光発電所

2015
2015

●「隠岐ハイブリッドプロジェクト」を
隠岐諸島で実施

太陽光発電や風力発電等の再生可能エネルギーは、エネルギー自給率の改善や地球環境負荷の低減に向けた貴重な純国産エネルギーです。2019(平成31)年3月末まで、中国電力ネットワーク(株)では、再生可能エネルギーのさらなる導入拡大に向けて、隠岐諸島において、日本初となるハイブリッド蓄電池システムによる実証「隠岐ハイブリッドプロジェクト」を実施しました。

西ノ島変電所「ハイブリッド蓄電池システム」

西ノ島変電所「ハイブリッド蓄電池システム」

2016(平成28)年

電力の小売全面自由化がスタート

2016

●ライフスタイルに合わせて選べる
新料金メニュー、会員制WEBサイトの提供開始

2016(平成28)年4月から始まった電力の小売り全面自由化を受けて、会員制WEBサイト「ぐっとずっと。クラブ」を開設し、首都圏においても、ご家庭のお客さまを対象とした電気の販売を開始しました。2019年度からは、電気だけではなく、快適さや便利さを兼ね備えたサービス「ぐっとずっと。Eサービス」の提供を開始しました。

ぐっと ずっと。WEB ぐっと ずっと。Eサービス
2018

●ぐっとずっと。地域応援プロジェクトの開始

2018(平成30)年4月から、「地域の魅力を発信し、地域の元気に繋がるよう応援する」とのコンセプトのもと、「ぐっとずっと。地域応援プロジェクト」を展開しています。

ぐっとずっと。地域応援プロジェクト ロゴ
2018

●平成30年7月西日本豪雨による災害復旧

広範囲にわたって長時間降り続き、土砂崩れや河川の氾濫などが各地で相次ぎ発生、甚大な被害をもたらしました。当社設備も大きな被害を受け、岡山県、広島県を中心に述べ約19.3万戸ものお客さまが停電しました。
復旧にあたっては、グループ会社・協力会社および他電力会社の応援も受け、道路管理者・自衛隊・警察・消防をはじめとする関係省庁・自治体等の関係機関、地元企業の皆さまから多大なご支援・ご協力をいただきました。

浸水した沼田西変電所(広島県三原市)の空撮写真

浸水した沼田西変電所(広島県三原市)の空撮写真

成羽変電所(岡山県高梁市)での復旧作業

成羽変電所(岡山県高梁市)での復旧作業

2020
2020(令和2)年~

「発送電の法的分離」がスタート

エネルギアの国の仲間たち

●送配電事業を承継した「中国電力ネットワーク株式会社」が始動

送配電部門の中立性を一層高めるための電気事業法の改正に対応するため、2019(平成31)年4月、分割準備会社を設立し、2020(令和2)年4月、会社分割による事業承継により送配電会社「中国電力ネットワーク株式会社」として事業を開始しました。
配電設備の工事・維持等を担っている営業所と送変電設備の工事・維持等を担っている電力所について、お客さまニーズに迅速かつ丁寧に対応していくために、近隣の営業所と電力所を一つの組織に見直し、ネットワークセンターの名称に変更しました。
分社化後も、災害時の復旧をはじめ、電気を安定してお届けするための対応については、分社化以前と同様、2社が連携し、グループ一丸となって取り組むこととしています。

これからも
皆さまとともに歩みます

これまで地域の皆さまのご理解とご協力に支えていただいたことを深く感謝するとともに、創立以来変わらない「電気の安定供給」という使命を果たし、これからも地域に根差した企業として皆さまとともに歩んでいきます。

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